大判例

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宮崎地方裁判所延岡支部 昭和23年(り)67号 判決

本籍

大分県南海部郡下堅田村大字長良十三番地

住居

宮崎県延岡市大字恒富字上大瀨町北二千六百七十九番地

無職

臼井良雄

(当三十四年)

本籍

高知県高岡郡上ノ加江町上ノ加江二千六百三十六番地ノ一

住居

宮崎県延岡市大字恒富北四千三百十九番地

無職

田村政明

(当三十五年)

本籍

同県同市同大字第一東新小路北三千百十二番地

住居

同県同市同大字伊達旭区四条通三号北四千六百四十九番地

無職

吉田功

(当三十七年)

本籍

同県同市大字岡富甲三百七十七番地

住居

同県同市同大字本小路南番地不詳

無職

西田啓明

(当二十七年)

本籍

同県東臼杵郡北川村大字長井三千八百七十四番地

住居

同県延岡市大字稻葉崎二千九百六十九番地

無職

沢重德

(当三十年)

本籍

高知県幡多郡宿毛町以下不詳

住居

宮崎県延岡市大字恒富字古城北四百二十九番地

無職

沢田政安

(当三十四年)

本籍

熊本県熊本市細工町三丁目三十八番地

住居

宮崎県延岡市旭化成延岡工場レーヨン部家族寮萩三階八号室

無職

後藤賢三

(当三十二年)

本籍

福岡県門司市大字大里三千三百三十四番地

住居

宮崎県延岡市大字恒富旭化成延岡工場薬品部男子寄宿舍

無職

浜田治兵衞

(当三十二年)

本籍及住居

宮崎県延岡市大字川島二百十番地

無職

花田正男

(当三十二年)

本籍

宮崎県北諸県郡山之口村大字山之口三百五十四番地

住居

同県延岡市大字岡富甲四千五百五十番地

無職

神脇淸二

(当三十八年)

本籍及住居

同県東臼杵郡南方村大字南方丙千八百七十番地ノ二

無職

佐藤勝

(当二十七年)

本籍

同県延岡市大字恒富北三千九百二番地

住居

同県同市大字岡富甲五千六百五十番地

無職

出平政人

(当三十年)

本籍

長野県東筑摩郡朝日村字古見千八百二十八番地

住居

宮崎県延岡市大字岡富字古川丁百十番地

無職

上条〓十

(当四十六年)

本籍

同県都城市五十市町千五百九十一番地ノロ

住居

同県宮崎市有明町五十七番地

政党役員(日本共産党宮崎支部常任委員)

新増畩雄

(当三十一年)

右被告人臼井、同田村、同吉田、同西田、同浜田、同神脇、同出平、同上条、同佐藤、同沢、同沢田、同後藤、同花田に対する昭和二十三年(り)第六七号業務妨害被告事件、同新増に対する同年(り)第七四号業務妨害被告事件、同沢田に対する同年(ぬ)第一五号暴力行為等処罰に関する法律違反並びに傷害被告事件、同後藤、同佐藤に対する同年(り)第六三号名誉毀損被告事件につき当裁判所は検察官前野重成、同中倉貞重、同鈴木渉関与の上併合審理を遂げ左のとおり判決する。

主文

被告人後藤、同佐藤を各懲役六月に、同新増を懲役二月に、爾余の各被告人を各懲役四月にそれぞれ処する。

但し被告人全部に対し本裁判確定の日から二年間右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用中証人吉田幸雄、同小島正実、同三石昭一、同塩田熊明、同木元敬蔵、同大和田郡治、同日高宗市、同井上利治に支給したる分は被告人新増を除く爾余の被告人等の、証人庄田萩野、同江崎栄、同坂田実、同伊藤一郞、同佐藤寿、同片伯部惠美子、同田村政明、同井上澄子、同高木シヅ子に支給したる分は被告人後藤、同佐藤の各連帯負担とし証人尾方昭康、同安楽憲雄、同太田初実、同間野参郞、同井原準平、同堤三郞、同小川重礼、同長友藤男、同松下樹、同秋山藤吉郞に支給したる分は被告人沢田の負担とする。

理由

被告人等はいずれも本社を大阪府に主たる工場を延岡市に有し資本金二億円で医薬品、セルロイド、人造肥料、火薬類、人造繊維の製造販売を業とする旭化成工業株式会社(以下会社と略称す)に雇傭せられていた労務者で延岡市所在の雷管、薬品、プラスチツク、ベンベルグ、レーヨン、火薬の各工場及び中央事務所の従業員約一万三千五百名を以て組織する旭化成延岡工場労働組合(以下延労と略称す)の組合員であつたものであるが延労を含む会社全従業員を以て組織する連合体組織の旭化成労働組合連合会(延労、旭化成大阪従業員組合、旭化成東京事務所従業員組合、旭化成東京工場従業員組合、旭化成和歌山工場労働組合、旭化成小倉工場従業員組合、旭化成福岡事務所従業員組合基山工場従業員組合、全従業員約一万四千四百名)は昭和二十三年八月二日会社に対し賃上その他の要求をなし同日及同月二十三日の二回に亘り大阪本社で経営協議会を開き双方とも多少歩み寄りができたが右連合会は会社全従業員の一ケ月の賃金一億五百万円を主張し会社側は一ケ月賃金九千五百万円を固執して讓らず遂に交渉妥結するに至らなかつたので右連合会は同年九月十四日会社に対し同月十八日を期し争議行為に突入する旨通告するとともにその旨争議宣言を発表した。然るに翌十五日先ず旭化成大阪従業員組合が右連合会から脱退し同月末日旭化成東京工場従業員組合を最後として延労を除く他の全組合が続々右連合会から離脱したので実質上延労のみが会社との間に同年十月二十日団体交渉により協定成立するまで該争議を継続したのであるが先之同月九日、延労では組合大会を開き争議に関する戦術は專ら戦術委員会で定めその指令は中央鬪争委員長の名義で発しその責任は中央鬪争委員会で負うことを決議し争議の方針を整備強化するとともに着々所期の目的を達成すべく凡ゆる手段を尽し争議鬪争を展開したのである。然るに延労では予てから組合活動が幹部独裁で民主的でないこと及び本件争議が極左団体の指導によるものであることを理由として不満を抱いていたレーヨン工場における組合員の一部が同月十七日先ず延労から脱退して旭レーヨン従業員組合を新たに結成し他工場でもこれに共鳴し脱退者を続出するに至り又争議を非として就業によつて生活権を保持せんとする組合員もこれに同調しこれらによつて所謂第二組合を結成統合し本件犯罪発生当時ベンベルグ工場のみで延労組合員(以下非脱退者の組合を第一組合と略称す)二千三百名位中第二組合員千五百名位を数えレーヨン工場では延労組合員四千五百名位中第二組合員千八百名位を数うるに至りその後続々脱退増加の形勢を辿つたので今や争議は会社に対し飽までこれを継続し素思を貫かんとする第一組合とこれに終止符を打ち就業せんとする第二組合が対立し会社側も又第二組合の就業を請け容れこれを支持せんとする態度にでたので愈々複雑激化の様相を示すに至つた。その間被告人臼井は中央鬪争委員長兼戦術委員として同田村、同吉田は副中央鬪争委員長兼戦術委員として同西田、同浜田、同花田、同神脇、同佐藤、同出平、同上条はいずれも中央鬪争委員兼戦術委員として、同沢、同沢田、同後藤はいずれも中央鬪争委員として各争議の枢機に参画し或るものは戦術委員として争議方針を協議し指令を発し或ものは現場で第一組合員を指揮激励する等專ら争議目的の完遂に狂奔したものであるが先ず延労では右争議宣言発表と同時に中鬪委員長の名義で争議期間中の時間外労働停止の指令を発し次で同月二十日逐次争議の範囲を拡大し激化の方向に向わせること、及び戦術委員並びに各工場の支部委員が各職場に出向いて争議を指導すること等の指令を出し、これらに実践の段階に移し強力に推進せしめたが所期の効果を得ないので同月二十八日会社に対し団体交渉を申入れ若しこれに応じないときは翌二十九日午前九時を期し第一火力課を完全に消火し支部鬪争委員会が指令する職場は運転停止或は職場放棄を敢行する旨指令を発したところ恰もその頃宮崎県地方労働委員会が双方の斡旋に乗り出したので一時これが実施を延期することとなつた。然るに会社側ではこれが対抗手段として專ら第二組合員により操業を継続せんとする方針を樹立しその方策として先ず同月三十日「第一組合員が該発電所に立籠り第二組合員の操業を暴力によつて妨害しようとして現在其の態勢を整え他工場から第一組合員の応援を繰り出してデモ行進をやつているのでこの儘放置すれば第一組合員が発電作業を妨害し工場の機能を停止せしむる虞あること」を理由として当支部昭和二十三年(ヨ)第二十二号の仮処分命令を得て同日夕刻第一組合員の同発電所に立入ることを禁止した。そこで第一組合側では会社の企図を紛碎するため愈々各支部の結束を固め長期争議の態勢を確立し多数第一組合員を動員し市街のデモ行進、第二組合員の就業妨害等凡ゆる手段を尽してこれに対抗したので会社側では更に同年十月二日「第一組合支部委員がベンベルグ工場の仕上係、再繰係、紡糸係等の部屋に入室し就業中の第一組合員を呼集し自ら指揮し職場内を或は練り歩き或は乱舞し就業中の第二組合員に対し「デモ」を行い特に仕上課の大多数の従業員は女子であるため就業中の従業員に精神的威圧を与え或は肩を突き或は作業に手を触れて故意に頭を打ち著しく作業を妨害したので作業は殆んど停止状態にも等しい効果を及ぼし製品は市場価値のない劣悪な品質に低下せしめたこと」を理由として当支部昭和二十三年(ヨ)第二十三号の仮処分命令を得て翌三日これを執行し第一組合員に対し同工場全域に亘る立入禁止を断行した。茲において会社側の右処置に甚しく憤激した第一組合側では同日急遽戦術委員会を開き協議の上同日付中鬪委員長の名義で各工場支部に対し「各支部は各通用門を内外から固め若し会社側が仮処分を行うとする場合には全組合員は直ちに職場を放棄し各門を固むべき」旨指令を発しベンベルグ工場では各通用門に多数第一組合員を以て被告人等の所謂「ピケツテイング」(監視)を敷き同工場内に就業のため入門せんとする第二組合員に対し第一組合えの復帰を勧告し更に同月十日同じく各支部に対し「各支部は本日正午を期し四十八時間一齊「ストライキ」に突入すべき」旨指令を出し專らレーヨン工場で右と同一手段方法を用い第二組合員に対し第一組合えの復帰勧告とその入場を阻止し会社の生産を阻害しこれに打撃を与える戦法で対抗したのであるが

第一

(一)  被告人花田、同新増を除く他の被告人等は共謀の上同月三日午後三時三十分同日午後十一時三十分翌四日午前七時三十分におけるベンベルグ工場の勤務交替時を図り定刻前約四百二三十名乃至八百五十名の第一組合員を同工場正門その他の門前に参集せしめ各自白布で鉢卷をなし幾重にも「スクラム」を組み門前を人垣で埋め赤旗を振り労働歌を歌い喊声を揚げて多衆の威力を用い同工場に就業のため入場せんとした第二組合員河野勇一外八百四名の入場を阻止し同人等に対し或ものは三十分乃至九時間就業を遅延せしめ或ものは全然就業を不能ならしめ以て同人等の業務並びに同人等の勤労により人造纎維を生産する右会社の業務を妨害し

(二)  被告人新増を除く爾余の被告人等は共謀の上同月十日午後三時同日午後十一時翌十一日午前七時同日午後三時におけるレーヨン工場の勤務交替時を期し定刻前約三百名乃至千八百名の第一組合員を同工場その他の門前に集合せしめ前項と同様の方法で多衆の威力を用い同工場に就業のため入場せんとした第二組合員馬場口保雄外千六十二名の入場を阻止し同人等に対し或ものは五十分乃至七時間就業を遅延せしめ或ものは全然就業を不能ならしめ以て同人等の業務並びに同人等の勤労により人造纎維を生産する右会社の業務を妨害し

(三)  被告人新増は争議中第一組合のレーヨン支部鬪争委員であつたが同月十日中央鬪争委員長から四十八時間「ストライキ」の指令を受けるやレーヨン工場でレーヨン支部鬪争委員会を開き第二組合員の同工場えの入門阻止の方法を協議し同工場通車門の防衞責任者に選ばれたので翌十一日午前五時頃同所に赴き第一組合員の集合するのを待つて午前七時頃男子二十名女子五十名位で同所門前に橫列六重の「スクラム」を組み被告人自ら赤旗を振り第一組合員の士気を鼓舞し或は「スクラム」に加わり他の第一組合員とともに労働歌を歌い喊声を揚げて多衆の威力を用い午前七時三十分頃第二組合員田〓松治等百名位が就業のため同門から入場せんとするのを妨害し同人等に対し約十分間位就業を遅延せしめ以て同人等の業務並びに同人等の勤労により人造纎維を生産する右会社の業務を妨害し

第二、被告人沢田は延労の総務部長として幹部の地位にあつて本件争議中常に「ピケツテイグ」に参加し第一組合員の指導激励に当り活溌なる行動を続けておつたものであるが、同月十一日午後二時三十分頃レーヨン工場正門前で第一組合員参百五十名位とともに互に「スクラム」を組み労働歌を合唱し「ワツシヨ」「ワツシヨ」と掛声を挙げ気勢を示し多衆の威力を藉りその頃就業のため第二組合員百五十名位とともに同正門から入場せんとした同工場調査係社員小川重礼(当三十四年)に対し同人の左上腿部を膝頭で強く三回蹴り上げ更に右指先で同人の左胸腹部を抓り且つ同人の左上膊部に一回噛みつく等の暴行を加へ因つて完全治療五日間を要する左側胸腹部皮下溢血九個並びに左上膊部挫創一個の傷害を與え

第三、被告人後藤は延労の宣伝部長同佐藤は同雷管支部長としてそれぞれ幹部の地位にあつたものであるが本件争議を有利に導く目的で

(一)  被告人後藤及び同佐藤は共謀の上同後藤が同月十五日午前八時頃延労中鬪本部書記室で同佐藤の提供した根拠乏しき事実無根の資料に基き「会社は検事をも買收するか」の題下に「十四日夜不当検束者の釈放要求と待遇改善のため延労防衞隊代表数名が検察庁鈴木検事の自宅に赴き面会を求めたが祇園莊に行かれましたと家人から聞き中鬪本部に連絡したため沢、佐藤両委員外数名が祇園莊にかけつけて見ると確かに鈴木検事が会社首脳部と同席していることが女中の言葉で判明した、防衞隊員は宴会の現場を摘発せんとしたがその気配を察知した同検事は、いち早く身を隠したため危く難を免れた、然し内廊で出会した佐藤委員は同検事が酒気を帶びて居たことを確認して居り防衞隊員によつて会社側の連中を調査し得て離座敷と二階で飮酒していた現場の写真を撮り一同凱歌を挙げて引上げた、当夜の会社側は江崎常務、宗像べ部長、西沖原料課長外数名、他にレーヨン従業員組合長戸田〓邦氏も同席していたらしい、此の事実から会社が検察庁をも抱き込もうとする惡ラツな陰謀と第二組合の御用組合的性格がハツキリして来た」旨の内容虚僞の宣伝文を起案し石塚勝規をして縱約八十糎位橫一メートル三十糎位の白紙に筆墨を用い右宣伝文を大書せしめ翌十六日早朝ベンベルグ工場正門橫外三個所の「コンクリート」壁又は掲示板にこれらを貼付せしめ一般多衆人にこれらを閲読せしめ

(二)  被告人佐藤は同月十五日早朝雷管工場組合支部書記室で予て自ら起案した原稿を甲斐トキエに交付し同女をして縱約一メートル橫約一メートル五十糎の白紙に筆墨を用い「検察庁と会社側内幕バクロ」の題下に「昨(十四日)夜祇園莊に於て会社側(江崎工場次長、宗方ベンベルグ部長外数名)は検察庁鈴木検事外を招待し豪勢なる酒宴を開いた、之に依り不法彈圧及び不法検束の原因にもなり又何等かの事件も構成される組合は写真機に依り二ケ所の現場を写し及び女中の確認の上内部に入り現場を目撃した、尚外部吏員も相当に宴席に居た」旨の内容虚僞の宣伝文を大書せしめ同日せしめ同日午前十時頃同工場正門前掲示板に同女をしてこれを貼付せしめ一般多衆人に閲読せしめ、以て公然事実を摘示し検事鈴木渉の名誉を毀損した

ものである。

証拠を按ずるに判示事実中判示冒頭から被告人等の所謂「ピケツテイグ」をベンベルグ工場並びにレーヨン工場に敷くに至つたまでの事実は被告人等の当公廷における略判示に符合する各供述、会社から提出した本件業務妨害被告事件(昭和二十三年(り)第六七号)の同年十月六日、同月十五日附各告訴状及び押收にかかる中鬪委員長名義の各争議指令(昭和二十三年(り)第六七号)の証第二号によりこれを認め判示第一の(一)(二)の各業務妨害の事実は被告人等の当公廷における同判示の就業遅延又は不能に関する点を除く爾余の判示事実に照応する各自供、司法警察官の浜田義晴、伊藤勝吉、岸本忠次郞、川口繁幸、岩佐勇、星倉秋義、甲斐淸志、山内〓、柳田助夫、岩切正、淸成芳憲、石黑喜一、河野留喜、山田実、安藤善市、寺尾正元、江内谷三夫、日吉勉、橫山サチ、甲斐エイ子、堀田登志子、与那城房子、江内谷一丸、村瀨重夫、牧野艸平、児玉シヅ子に対する各聽取書、検察事務官の塩月正一、花田正男(第一、二、三回)上原朝夫(第一回)〓藤淸〓、靑木享、篠原平一(第一、二回)鳥井直、中沢五郞、中橋胤治、下条〓雄、古莊幸一(第一、二回)柳田八重子、甲斐恒子、福富キク子、藤本タマノ、伊東新吉、上条〓十(第一、二回)桑水流勇塩田熊明、川西義一、伊藤ミヨ子(第一、二回)三石昭一、渡〓学、甲斐林蔵、末長豊、神脇淸二、岩森淸治、後藤賢三(第一、二回)佐藤末喜、荒木義久、出平政人(第一、二回)伊東一郞、沢田政安(第一、二回)吉田功、三輪良隆、浜田治兵衞、田原淳、西田啓明、伊東〓、黑田義久、宗像英二、大和田郡治、藤谷貞〓、臼井良雄、甲斐春市、木三田久雄、稻田松吉、小田隆政、森繁夫、廣瀨定治、中森四郞、園部直一、柳田松義、沖米田松雄、菊川京子、白石義光、〓藤龜治、西久保尚弘、森井茂樹、高田哲男、吉永義雄、緒方一雄、工藤三雄、岩崎健治郞、岡本坦三、開田淸、岡田安雄、田村政明(第一、二回)佐藤勝、甲斐淸司、に対する各聽取書、検事の有馬勇士、岩本德市、片桐考一、沢重德、白井良雄、神脇淸二、牧野艸平、与那城房子、佐藤末喜、に対する各聽取書、中それぞれ判示事実に照応する各供述記載、証人木元敬蔵、同大和田郡治の当公廷におけるそれぞれ判示第一の(一)(二)の第二組合員の就業遅延若しくは就業不能に照応する各供及び旭化成工業株式会社延岡工場から前野検事宛出勤妨害調書御送付の件と題する書面中前敍就業遅延若しくは就業不能に符合する部分の記載あるによりこれら業務妨害の事実のあつたことを認めることができるばかりでなく当該被告人等がこれら行為につき共謀したるものであることは被告人等が当公廷で自認しておるように本件争議の戦術委員会でこれを定め、その指令は中鬪委員長の名義で出し責任は中鬪委員会で取ることに組合大会で決議したのでこれに基き本件争議行為を実行したる旨の事実、検察事務官の臼井良雄に対する聽取書中自分は十月三日朝第一組合員のベンベルグ工場えの立入禁止の仮処分のあつたことを聞いたので急遽同日戦術委員会を開き同工場各門で「ビケツテイング」を敷き脱退者の復帰勧告を決定したかその時佐藤勝が出席したかどうか判然せぬも他の戦術委員は全部出席したる旨の供述記載被告人白井の当公廷における中鬪委員長名義で十月十日正午を期し四十八時間の「ストライキ」に突入する旨の指命を出したのは、その前日戦術委員会で決定した事項を実行に移したものであつてその会議には戦術委員が全部出席したる旨の供述、被告人沢の当公廷における自分は直接「スクラム」を組んだことはないが絶えず現場に参りその場におつた第二組合員に対し復帰勧告の勧説に務めた旨の供述、被告人後藤の当公廷における自分は当時宣伝部長として活動しておつたので直接「スクラム」を組んだことはないが現場え参り第二組合員の復帰勧告をしたり現場を見廻つて宣伝資料を集めていた旨の供述、被告人佐藤の当公廷における十月四日現場に参り皆と一緒に「スクラム」を組んだことある旨の自供、及び被告人沢田同花田の当公廷における自分は本件「ピケツテイグ」にその都度参加したる旨の各供述を彼此参的考合するときは当該被告人中或ものは直接謀議に関与せないものでも或ものは現場に赴き復帰勧告を勧説し或ものは「スクラム」を組み実行行為を分担したものであつて、これら事実と右被告人等がそれぞれ延労の幹部の地位にあつて本件争議の完遂に專ら狂奔しておつた事実並びに前示各行為はいずれも指令に基く団体行動であつた事実等に鑑み特に右行為に対し当該被告人等にして反対の意思表示若しくは行動あつたことの認むべき証拠のない本件において、当該被告人等が総括的に右業務妨害行為の全般に亘り明示的に又は少くとも默示的に意思の連絡ありたるものと認定するのを相当と解するので右被告人等は右各所為につき共犯としての罪責を免れ得べきものでない。

次に第一の(三)の業務妨害の事実は被告人新増の公当廷における略判示事実に符合する自供、司法警察官の新増畩雄(第一、二回)山下トキ、松島ヨシ子、山田惠美子、中村勇吉、矢野タツエ、高岡一男(第一、二回)に対する各聽取書検察事務官の高木繁人、田〓松治に対する各聴取書、検事の淸成芳憲、田〓松治、小村光義、高岡一夫、後藤文人、新増畩雄に対する各聴取書中それぞれ判示事実に適合する部分の供述記載によりこれを認め

判示第二の暴力行為並びに傷害の事実は被告人沢田の当公廷における判示暴行傷害の点を除く爾余の判示同旨の自供証人小川重礼長友藤男、堤三郞、井原準平の当公廷におけるそれぞれ判示事実に照合する供述、司法警察官の被疑者沢田に対する第一二、回訊問調書の各記載、医師井原準平の小川重礼に対する診断書中判示傷害の部位程度に符合する記載によりこれを認め

判示第三の(一)(二)の名誉毀損の事実は被告人後藤、同佐藤の当公廷における略判示同旨の自供、証人鈴木渉、同江崎栄同庄田萩野、同井上澄子、同高木シズ子の当公廷におけるそれぞれ判示事実に符合する部分の供述、司法警察官の被疑者後藤に対する訊問調書、検察事務官の宗像英二、森好衞、西沖浩に対する各聴取書、検事の後藤賢三、佐藤勝(第一、二回)沢重德、西田啓明に対する各聴取書中それぞれ判示事実に照応する供述記載、昭和二十三年十月十六日附旭化成工業樣式会社及び江崎栄外三名名義の告訴状二通、同月二十三日附検事鈴木渉名義の告訴状一通、押收にかかる宣伝文二通(昭和二十三年(リ)第六三号証第三、五号)の各記載によりこれらを認めることができる。

松井弁護人は本件各業務妨害並びに名誉毀損被告事件に対する公訴は旧刑事訴訟法第三百六十四条第六号の公訴提起の手続に関する規定を濫用したもので無效であると主張するけれども検事は公益の国家代表機関として苟も犯罪ありと思料したときは法の秩序維持のため証拠を蒐集し公訴を提起し得ることは刑事訴訟法の認むる当然の職務権限に属するのであつて、その犯罪が労働者の組合活動に派生したる故を以て一般犯罪とそれを区別すべき理由は毫も認められない、唯労働組合法第一条第二項により労働組合の正当な活動のみが刑法第三十五条の適用を受け正当な業務行為として違法性を阻却しているに過ぎない、従つて不当な組合活動であつて刑罰法令に触れるものは起訴の対照となり得ることは固より論を俟たない、又勤労者の団結権といえども絶対無条件に憲法が保障しているのではなくそこには権利の濫用並びに公共の福祉に反しないことの一定の制約を加えているのである、尚極東委員会の労働組合運動に関する十六原則も政府機関が正当な組合活動の抑圧を禁止しているに過ぎないのであつて、不当な組合活動に対し何等触れておらないのであるから固よりこれをも禁止する趣旨とは到底解せられない、然るに本件公訴は被告人等の右所為が正当な組合活動の限界を逸脱し刑罰法令に触るるものとして提起せられたものであることは公訴事実それ自体及びこれに対する検事の釈明によつても明かにせられたところであるから本件公訴が勤労者の団結権を蹂躪し違憲行為であるとか極東委員会の十六原則に違反するものであるとかの論拠が一として取るに足らぬものであることは前段の説明で殆んど了解し得たものと信ずる、而も尚被告人等の右所為が既に刑罰法規の構成要件を充足し違法性を具有していることは前敍認定したとおりであるから弁護人が述べるように実質的に観ても本件公訴が権利の濫用であるとの議論を生ずる余地はない従つてこの点に関する松井弁護人の主張は容るることはできない。

次に被告人等及び弁護人等は本件「ビケツテイング」(監視)は労働組合法第一条第一項の目的を達成するためになした正当行為であるから同条第二項により業務妨害罪を構成しない旨弁解するので先づこの点につき按ずるに本条は労働組合が団体交渉等を有利に導くために争議行為をなした場合それら行為が組合活動として正当なる限り正当な業務行為として違法性を阻却する旨を定めたものであることは既に説明したとおりであつて、その正当なりや否やは專ら具体的事案に則し健全な良識と社会通念を基礎とし決定さるべき問題であると解する、而して「ビケツテイング」は通常争議の手段として行はれるのであつてその所属組合員に対しなされる場合と、同じ職場の非組合員又は他の組合員に対しなされる場合とにより正当性を判断するにつき自ら若干差異を生ずるので本件延労の脱退及びその第二組合結成が果して適法であるか否かについて先づ検討を加える。

およそ憲法第二十七条に定むる勤労の権利は労働者が自己の意志に従い自己の労働を処分する完全な自由権であつて不可侵絶対的のものであることは憲法第十一条乃至第十四条の解釈上疑を容るる余地のないものであつてその自由は法律事項とされていないのであるから法律、条例又は契約によつてこれに制限を加え又は禁止抑圧せんとする処置及び約定はすべて許さるべきものではない。この法理は憲法第二十八条の勤労者の団結権及び団体行動権についても同様に解すべきものである、唯憲法第十二条で国民に、これらの権利の濫用を禁止し公共の福祉に反しないよう利用する責任を負はしめているに過ぎない、即ち勤労者が組合を結成する等、団結する権利は独り勤労者に属する自由権である限り勤労者が組合を結成せざることは又一組合を脱退して他の組合を結成することも勤労者が自己の意思に基き自由に処分し得る権利であると認むべきであつてこの権利が前段説示のとおり絶対不可侵の権利である以上たとえ組合規約を以てこれに禁止制限を加え又はこれと同一效果をもたらすような約定があつても、それは前記憲法に違反し何等拘束力を有するものとはいえない、若し夫れ組合規約を以て所属組合員の労働力を内部的に結集統制するために定められた規範であると解するならば争議中その統制が乱れ脱退者を続出したとき組合としては如何なる理由によるも組合活動を低下せしむるような脱退を承認せざるは通常執らるる措置と観らるるので若しこの措置に一定の法的拘束力を附与するならば脱退者が規約に違反することを唯一の楯とし如何に正当の理由があつても、それを無視しその脱退を否定し徒らに脱退者の自由意思とその行動を束縛するの結果一般組合活動の正常な運行とその健全な発達を阻害し引いては真に正しく働かんとする労働者の組織する自由な建設的な民主的な組合の育成を破壊することとなりその不当なるや明白であると解するからである。即ち労働組合が正しく自由な民主的な勤労者で組織する社団としてその向上発展を期せんとするには先づ組合員各自がかかる勤労者たるの地位を自覚し又これと同じように他の勤労者を理解し批判する襟度を養うことが尤も大切であつて唯徒らに自己の主張を貫徹するに急な余り他の勤労者の同じ権利及び地位を尊重することを忘れこれを批判しその行動を圧迫するようなことが行はるるならば到底如上目的に副うような健全な労働組合の育成発展は期待できないものと信ずる、新憲法が第十一条で基本的人権を定めこの権利は何人からも侵されない永久の権利とせられ又第十三条ですべての国民が個人として尊重せられ、生命、自由及び幸福追求の権利に対し最大の尊重を要求しているのも結局この趣旨を表明したものと考える。如何なる時代如何なる社会でも各個人としてその意見を異にするものの存在することは免れないのであつて、その意見は一度発表すれば何時までもこれに拘束せれるるものでなく、その人の立場又は情勢如何でこれに再考を加え正しいと信ずる方向へ変改することがあつても、これは個人の自由として憲法の保障するものといわねばならぬ、これなくして真に個人の自由を尊重する労働組合の民主化は到底望むべくもないものと思われる、この意味で自已の意見と異にする既存組合を脱退し自已の欲する組合を結成しよりよくこれを育成し向上発展せしめんとするは勤労者の自由であつて何人もこれに抑圧妨害を えることを許さるべきものでないと考える。

然しその組合を脱退し新組合を結成することが例えば争議破りのように既存組合員の勤労権若しくは団結権を侵害することのみを目的として行われた場合にはその脱退若しくは新組合結成は憲法の保障する勤労権及び団結権の固有の権利として発動されたものといえないので寧ろ権利の濫用として保護の対照となり得ないことは勿論である何とならばこの場合は所謂争議破りのため他人を雇入れたときと同じようにその行為の窮極の目的が争議の効果を減殺することのみにあつてそれ以上の独自固有の利益なり権利なりによつて保障づけられたものといえないからである。

これを要するに、組合規約は一種の社団法上の権利義務を定めたものに過ぎないのであるから固より憲法の優位に立つものとの解釈は是認せられない、従つて憲法の規定に違反する組合規約は当然無効とされねばならぬのであつて、如何に社団法上の権利を行使するためとはいえ苟も憲法の精神を蹂躪することは許されない。

これ憲法はあらゆる私法上の権利義務の源泉をなすがゆえである本件においてこれを観るに本件争議宣言後延労組合員中その争議方針に不満を抱くものや自已の生存権を擁護せんとするものが該組合から脱退し最初レーヨン工場で旭レーヨン従業員組合を結成し漸次他工場に波及し脱退者を続出し遂にこれら脱退者によつて所謂第二組合を結成し会社の提案した賃金額等を呑むこととし会社に対し争議を終熄せしめ労務を提供する意思を明確にし会社も又これを請け容れたものであることは前敍挙示の各証拠によつて優にこれを認めることができるので固より右脱退及び新組合結成は前説示のとおり合法的になされたものと解するが故に被告人等及び弁護人等が主張するように争議の効果を減殺することのみを唯一の目的とする所謂争議破りの意図の下になされた違法のものとはいえない、又仮りに右脱退の縁由動機が会社側に責むべきものがあつたとしても、それは組合対会社間の問題として解決すべき事項であつてその事実を捉えて組合の争議権の侵害なりと称し脱退者の勤労権若しくは団結権を否定するの根拠となすに乏しい。

組合としては何処までも組合内部の問題として自主的民主的にこれを処理し一段と団結権を強化し脱退を防止するの手段方法を講ずる方途を策するに如くはないのであつてその手段方法は飽くまでも合法的範囲を一歩も超えてはならないのである、従つてたとえ右脱退が組合所定の届出手続によつて組合の執行委員会の承認を経ていないからといつて無効と解するいわれなく却て右説示のとおり右脱退及び第二組合結成は正しく憲法の保障する勤労者の基本的人権の発露として正当に行使されたものといわねばならぬ。

かく解するときは本件争議中会社内にこれに所属する労働者を以て組織する二つの組合が存在することとなり各自その有する勤労権といい、団結権といい、団体行動権といい、法の下に平等であつて彼此差別を設くべきものでないことは敢て贅言を要するまでもないので苟もこれら権利の侵害を招来するような一切の障害を悉く除去し互にこれら権利を侵犯せざることによつてのみ始めてこれら権利が勤労者に与えられた絶対不可侵のものとして有効適切にその機能を発揮し得らるるのである。

而してこの場合争議は会社と第一組合との間に依然存在しているが会社と第二組合との間には最早や存しないのであるから第一組合が争議の継続することは固より正当であつて第二組合が就業することも又当然の権利の行使であり且つ会社に対する義務履行として何等不当と解すべきものではない、両者の争議権と就業権とは全く対等の立場に立つものとしてその間何等逕庭あるものではない、争議権は就業権の優位にあるから第二組合の就業は第一組合の争議行為の妨害となり争議権を侵害するというが如き見解の成立する余地はないのである、かかる場合第一組合が第二組合の就業を積極的に妨害するが如き行為にいづることあらば第二組合に対する業務妨害罪を構成しそれと同時に会社に対しても業務妨害罪を構成するものと解する、即ち第二組合が争議を打ち切り会社の命により就業することになればその限度において会社の業務権は現実化し第二組合の就業を妨害することによつて会社の業務をも妨害することとなるからである。

然らば本件「ピケツテイング」が争議手段として果して適法であるか否かについて判断を進める。

争議が適法の目的のための争議を維持するために違法な手段を用いた場合には争議自体は違法でなくともその手段たる特定の行為のみが違法とされる。そのとき違法手段が可罰条件を具備すれば刑事的責任を負わねばならぬ、その争議手段として「ピケツテイング」を用いる場合同一職場の他の組合労働者に対し就業の中止を求めるにあるときはその方法が平和的で穩和な説得により条理を尽したものであれば適法であるがこの範囲を超え多数のものが集つて「ピケツテイング」することは通常威嚇的効果を伴うので社会通念上違法のものと解する、何とならばこの場合組合の労働力に対する統制を組合員外に押し進めることになるので、このことは組合がその所属する労働力に対してのみ統制を加え得るという基本理論に牴触するばかりでなく、かかる「ピケツテイング」は自由と財産に関する憲法上の保障をおびやかすものであつて如何なる動機原因によるも合法視すべきものではないからである、尤も他の労働者がその自発的意思によつて争議に参加することは自由であるが「ピケツテイング」でその参加を強制することは到底許さるべくもない、この意味で平和的穩和的説得のみが許されるのである。若しこれに反し威嚇的効果を伴うようなある程度の強制力を用いるならば、それは他の労働者に対し業務妨害罪として責任を負うと同時にその労働者の就業する会社に対しても業務妨害罪としての罪責を免れない。

本件において被告人等の主張する「ピケツテイング」が判示摘示のように多数組合員の集団の下に行われ、その具体的活動状況が判示のような形態を採られている限り、たとえ脱退者に対する復帰勧告が口頭又は文書でなされたものとしても脱退者に取つて、かかる雰囲気の下当然平和的穩和な説得の範囲を超え或種の威嚇を感ずるは一般社会人の健全な良識によつて判断するとき何人も社会通念上これを肯定し得らるるものと解するので、かかる「ピケツテイング」がそれ自体違法であつて固より労働組合法第一条第二項に定める組合の正当な業務行為と認めることはできない、又他面その行為の性質上人の自由意思を制圧するに足る勢力であると解するに充分であるから業務妨害罪の威力に該当するものと断ずるに憚らない、従つて被告人等がかかる威力を用い判示のように第二組合員の就業を阻止すればそのもの等に対する業務の妨害は勿論これによつて労務の提供を受くる会社の業務をも妨害したものとして被告人等は刑法の定むる業務妨害罪の刑責を免れ得べきものではない、仍つて被告人等及び弁護人等のこの点に関する抗弁は到底採用することはできない。

次に被告人等はベンベルグ工場における本件「ピケツテイング」は脱退者の復帰勧告を主たる目的としてなされたもので脱退者若しくは会社の業務を妨害する意思でなされたものでないから業務妨害罪は成立しないと主張するけれども業務妨害罪の妨害とは事業経営者若しくはその事業に従事する労働者の行為に障害を与え事実上その業務の執行自体を妨害することを指称するものであるから右「ピケツテイング」が直接業務妨害の意思でなされたものでなくとも、その手段にして前叙のように多数人の威力を用いその業務を妨害した事実があり且つ右「ピケツテイング」の過程において該事実の発生することあるは通常人として認識し得らるるところであるから被告人等においてこの認識あらば業務妨害罪の犯意を欠くものということを得ない、而も被告人等においてこの認識のあつたことは前記挙示の各証拠によつて優に認容できるのでこの点に関する被告人等の主張は当然排斥を免れない。

又被告人等及び弁護人等は被害者である第二組合員等が本件「ピケツテイング」による就業遅延又は不能の期間に応じそれぞれ会社から賃金の支払を受けているので業務妨害罪を構成しないと弁疎するけれども業務妨害罪の業務には必ずしも賃金を得ることを要件としていないので唯業務妨害の事実さえあらば足りその賃金の支払如何は犯罪の成否に影響するところがないのでこの点の弁疎も容るることはできない。

尚被告人等及び弁護人等は本件「ピケツテイング」は争議権を擁護するため緊急己むを得ずしてなしたものであるから正当防衞か然らざれば緊急避難であると主張するけれども被告人等の右行為は争議を有利に導くため第二組合員の復帰勧告とその就業阻止の手段として積極的に施用したことによつて自ら招いた有責行為であつて社会通念上毫も急迫不正の侵害に対し又は現在の危難を避くるため眞に己むことを得ずしてなされたものと認めることができないので該主張も又採用することはできない。

次に被告人及び弁護人等は本件名誉毀損行為に関し判示記事を一般公衆に摘示したのは争議行為の一環としてこれを有利に導くためなした正当行為であるから労働組合法第一県第二項により違法性を阻却する旨抗弁するけれども労働争議において労働者側から所謂曝露戦術として会社の重役の私的非行を公表して一般社会人の支持を得んとする鬪争手段を用いることは往々存するところであるがその手段方法も前記業務妨害罪において説述したのと同じように一定の限界を有しその限界を超えてなされたときはその手段たる行為が違法行為として処罰の対照となり同法條で保護を受くべき限りでないことは固より論を容れないところである。

本件の判示摘示事実は鈴木検事が会社側から酒食の饗応を受け職務上贈收賄あつたような記事を宣傳文として一般多衆人に周知せしむべき場所に貼付摘示したことにあるのであるから該記事が会社及びその幹部である工場次長江崎栄外三名の社会的地位を阻害するは勿論検事としての鈴木渉の職務上の地位を著しく失墜せしめその職務の執行に支障を来す虞れあるは特に厳正淸廉なるべき司法官の職務の性質上当然の事理に属し、これがためこれらの人の社会的地位を著しく毀損したものであることは社会通念上多く論を俟たないところである、尤も労働者側が使用者側と団体交渉中或は情の激するところ多少相手方の名誉を毀損するが如き言動に出づるも相手方の誘発による等特別の情況如何ではその正当性を認め得べき場合もあるであろうが本件のように犯罪ありとする虚偽の事実を公然摘示するは、その動機目的又はその眞実性を誤信するに至つた事情の如何を問わず争議手段として用ゆるは不当であつて前叙正当性の限界を逸脱し前記法條の適用ないものと解するに吝でない、殊に争議の当事者でない検事鈴木渉の名誉を毀損するに至つてはその不当であることは多く説明を要するまでもなく明白であると信ずる。

更に被告人等及び弁護人等は本件名誉毀損は正当防衞か若しくは緊急避難に当るので無罪であると主張するがその理由なきこと業務妨害罪において説述したのと揆を一にするから茲に改めて贅言を須いない、その他誤想防衞なりといい、罪となるべき事実に錯誤ありといい、期待可能性を欠ぐといい、又は過失に基く犯罪なりというも必竟いづれも単純なる犯意を否認するに外ならないものであつて本件が故意犯に該当し而も被告人等において判示摘示事実が客観的にそれ自体人の名誉を毀損するものであることを認識していたことは判示摘録の各証拠で容易に看取できるので既に故意の要件を充足している以上右主張がいづれも理由なきこと固より当然であつてこれら弁解が旧刑事訴訟法第三百六十条第二項の犯罪の成立を阻却すべき原由に相当しないので一々説明を加えるまでもなくすべて失当として排斥すべきものである。

最後に今長弁護人は本件暴力行為等処罰に関する法律違反並びに傷害行為に対し緊急避難の法理を援用し無罪を主張するけれども緊急避難は現在の危難が他人の法益を侵害する以外に他に救済の途なき状況に置かれていることを要件とするのであるにかかわらず本件行為がその発生当時周囲の状況にしてかかる緊迫の下に置かれ已むを得ずしてなさものであるれたことにつき認むべき何等証拠がないのでこの点の弁解は利底採用するに由ないものといわねばならぬ。

法に照すに被告人等の判示所為中第一の(一)(二)(三)の各業務妨害の点は各刑法第二百三十四条に被告人沢田の判示第二の暴力行為等処罰に関する法律違返の点は暴力行為等処罰に関する法律第一条第二項に、同被告人の判示第二の傷害の点は刑法第二百四条に被告人後藤、同佐藤の名誉毀損の点は各同法第二百三十条第一項に該当するところ被告人沢田の判示第二の行為は一所為数罪名にかかるので同法第五十四条第一項前段第十条を適用しその重き傷害罪の刑に従い被告人佐藤の判示第三の(一)(二)の名誉毀損の所為は包括一罪として処断するを相当と認めそれぞれ所定刑中懲役刑を選択し被告人新増、同花田を除く爾余の被告人等の右各罪は各同法第四十五条前段の併合罪に相当するので各同法第四十七条本文第十条に則り被告人沢田に対しその最も重き傷害罪の刑に、同後藤、同佐藤に対しその犯情最も重き第三の名誉毀損罪の刑に、その他の被告人等に対し第一の(二)二の業務妨害罪の刑にそれぞれ法定の加重をなしその刑期範囲内で各被告人に対し主文の刑を量定処断し尚本件犯行の動機並びに本件犯行が被告人等においていづれも労働組合法により違法性を阻却するものと誤解したるに基くものなること及び本件争議解決後延労と会社間に示談成立し本件犯罪中告訴にかかるものについては、被害者たる会社側でそれぞれ告訴の取消をなしたこと又業務妨害の被害者である判示第二組合員がその就業できなかつた期間に応じそれぞれ会社から賃金の支拂を受け実害を蒙らなかつたことその他諸般の事情を斟酌して被告人等に対し実刑を科すよりも寧ろ右各刑の執行を猶予し反省の機会を与えるのを相当と解するので同法第二十五条を適用し被告人全部に対し本裁判確定の日から二年間右各刑の執行を猶予し訴訟費用につき旧刑事訴訟法第二百三十七条第一項、第二百三十八条により主文掲記のとおりそれぞれ被告人等の連帶若しくは単独負担としたのである。

本件公訴事実中被告人後藤、同佐藤が会社及び江崎栄外三名の名誉を毀損した点については親告罪であるのに被害者からそれぞれ告訴の取消があつたので同法第三百六十四条第五号に則り本件公訴を棄却すべきものであるが判示第三の(一)(二)の名誉毀損の所為と一所為数罪名の関係において起訴せられたものと認めらるるので特に主文において公訴棄却の言渡をなさない。

仍つて主文のとおり判決した。

(裁判官 江藤〓夫)

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